奥州藤原氏―平泉の栄華百年
奥州藤原氏―平泉の栄華百年
平安時代末期の12世紀頃、東北地方を支配した地方勢力、奥州藤原氏。本書では「吾妻鏡」を始めとする文献史料、および平泉周辺の考古学資料から同氏の実態に迫ります。
先日読んだ「蝦夷の末裔」の続編にあたります。著者は昭和61年にも中公新書で「蝦夷」なる書籍を著しており、本書を含めて東北古代史三部作だそうです。ぜひ「蝦夷」の方も読んでみたいと思います。
奥州藤原氏と言えば、1993年から1994年にかけての大河ドラマ「炎立つ」に取り上げられて一時期有名になりそうになったことがありましたが、それから20年近くが経過して、元のマイナーな存在に戻ったように感じます。源平合戦は歴史上有名で義務教育でも詳しく教えられますが、その陰で煽りを食うような形で滅ぼされた奥州藤原氏にはほとんど言及されることがありません。源平合戦当時の奥州藤原氏の存在感は絶大で源氏も平氏も味方に取り込もうと懸命の工作を実施していますが、結局奥州藤原氏はどちらにも付かず積極的な役割を果たさないまま滅びてしまいましたので、後世の歴史家からはあまり好意的な評価を得ることが少なくなってしまいました。
「蝦夷の末裔」でも著者は嘆いていましたが、奥州藤原氏も同様にとにかく史料が少ないのが難点です。京都の貴族の日記や鎌倉方の史料はありますが、奥州藤原氏自身が残した史料は滅亡時に灰燼に帰したと言われ、そのため外から見た奥州藤原氏についてはいくらか分かるものの、その内実はほとんど不明です。
最期の当主として源頼朝に滅ぼされた泰衡が一般的に無能と評価される一方で、その父秀衡は高く評価されることが多いのですが、実はこの高い評価にはあまり根拠がなく事績を追っていくと実は秀衡も対外的には大きなことは何もしていないことが分かります。父祖伝来の地位を保って源平の間で局外中立を維持し、内にも外にも静かに過ごした人のように見えます。上記の通り内実がほとんど不明であるため、秀衡が意図的に対外消極策を採ったのか、それとも積極策を採れない事情があったのかも不明です。源義経を主君に立てて子・泰衡は義経を支えるように、という、いわゆる「秀衡の遺言」なるものが伝えられており、泰衡がその遺言に従わずに義経を討ったことが泰衡非難のネタにされることがありますが、冷静に考えればこの遺言の内容の方が無茶なのであって、この遺言が本当に残されていたものであったとしたら、むしろ非難されるべきは秀衡であろうと思います。また、戦国時代の例を見ると秀吉の台頭期や関ヶ原直前など、諸勢力は勝ち馬に乗るために必死に諸方面に工作の手を伸ばすものですが、秀衡は源平合戦での源氏優位が明らかになっても源氏への接近政策を採った形跡はなく、かと言って対決の準備もしていないようで、源平合戦後の奥州藤原氏をどのように位置づけるかというビジョンが見えないところも何とも腑に落ちません。本当のところ何を考えていたのか(あるいは何も考えていなかったのか)不明ですが、今後何らかの史料が発見されることもあまり期待できませんので、永遠の歴史の謎となるのでしょう。
本書を読んでみた印象としては、予めある程度奥州藤原氏に対する知識を持っている人を対象としているのであろうと推測されます。構成として編年体で奥州藤原氏の歴史を語るような内容ではなく、いろいろな視点から奥州藤原氏に関して分かること、分からないことを紹介していくような形を採っているため、時系列の歴史の流れについては別途知識を仕入れておく必要があります。しかしある程度の予備知識さえあれば、本書の内容は史料などを元に理路整然としており比較的分かりやすいと感じました。大胆な推論を楽しむことはできませんが、歴史学の最先端で今、どこまで分かっているのか、というところが客観的に示されています。他の書籍で「大胆な推論」を楽しむ際の基礎知識として知っておけば、より深く東北古代史を楽しむことができるでしょう。良書だと思います。

にほんブログ村
平安時代末期の12世紀頃、東北地方を支配した地方勢力、奥州藤原氏。本書では「吾妻鏡」を始めとする文献史料、および平泉周辺の考古学資料から同氏の実態に迫ります。
先日読んだ「蝦夷の末裔」の続編にあたります。著者は昭和61年にも中公新書で「蝦夷」なる書籍を著しており、本書を含めて東北古代史三部作だそうです。ぜひ「蝦夷」の方も読んでみたいと思います。
奥州藤原氏と言えば、1993年から1994年にかけての大河ドラマ「炎立つ」に取り上げられて一時期有名になりそうになったことがありましたが、それから20年近くが経過して、元のマイナーな存在に戻ったように感じます。源平合戦は歴史上有名で義務教育でも詳しく教えられますが、その陰で煽りを食うような形で滅ぼされた奥州藤原氏にはほとんど言及されることがありません。源平合戦当時の奥州藤原氏の存在感は絶大で源氏も平氏も味方に取り込もうと懸命の工作を実施していますが、結局奥州藤原氏はどちらにも付かず積極的な役割を果たさないまま滅びてしまいましたので、後世の歴史家からはあまり好意的な評価を得ることが少なくなってしまいました。
「蝦夷の末裔」でも著者は嘆いていましたが、奥州藤原氏も同様にとにかく史料が少ないのが難点です。京都の貴族の日記や鎌倉方の史料はありますが、奥州藤原氏自身が残した史料は滅亡時に灰燼に帰したと言われ、そのため外から見た奥州藤原氏についてはいくらか分かるものの、その内実はほとんど不明です。
最期の当主として源頼朝に滅ぼされた泰衡が一般的に無能と評価される一方で、その父秀衡は高く評価されることが多いのですが、実はこの高い評価にはあまり根拠がなく事績を追っていくと実は秀衡も対外的には大きなことは何もしていないことが分かります。父祖伝来の地位を保って源平の間で局外中立を維持し、内にも外にも静かに過ごした人のように見えます。上記の通り内実がほとんど不明であるため、秀衡が意図的に対外消極策を採ったのか、それとも積極策を採れない事情があったのかも不明です。源義経を主君に立てて子・泰衡は義経を支えるように、という、いわゆる「秀衡の遺言」なるものが伝えられており、泰衡がその遺言に従わずに義経を討ったことが泰衡非難のネタにされることがありますが、冷静に考えればこの遺言の内容の方が無茶なのであって、この遺言が本当に残されていたものであったとしたら、むしろ非難されるべきは秀衡であろうと思います。また、戦国時代の例を見ると秀吉の台頭期や関ヶ原直前など、諸勢力は勝ち馬に乗るために必死に諸方面に工作の手を伸ばすものですが、秀衡は源平合戦での源氏優位が明らかになっても源氏への接近政策を採った形跡はなく、かと言って対決の準備もしていないようで、源平合戦後の奥州藤原氏をどのように位置づけるかというビジョンが見えないところも何とも腑に落ちません。本当のところ何を考えていたのか(あるいは何も考えていなかったのか)不明ですが、今後何らかの史料が発見されることもあまり期待できませんので、永遠の歴史の謎となるのでしょう。
本書を読んでみた印象としては、予めある程度奥州藤原氏に対する知識を持っている人を対象としているのであろうと推測されます。構成として編年体で奥州藤原氏の歴史を語るような内容ではなく、いろいろな視点から奥州藤原氏に関して分かること、分からないことを紹介していくような形を採っているため、時系列の歴史の流れについては別途知識を仕入れておく必要があります。しかしある程度の予備知識さえあれば、本書の内容は史料などを元に理路整然としており比較的分かりやすいと感じました。大胆な推論を楽しむことはできませんが、歴史学の最先端で今、どこまで分かっているのか、というところが客観的に示されています。他の書籍で「大胆な推論」を楽しむ際の基礎知識として知っておけば、より深く東北古代史を楽しむことができるでしょう。良書だと思います。
にほんブログ村




